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星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

 

 

「105円・・・〝この本〟が?え、いいの!?本当に〝この中古本〟105円でいいの?!」

 

 

そのようなことを、本当によく某大手中古本屋で物色しているときに思うのだ。私は、ネットであまり「本」を買わない。なぜなら、「本屋」での「偶然の出会い」が大好きだからだ。さらにいえば、実際に「本」を〝見て〟〝触って〟〝感じたい〟からだ。この機会に、私Output読書が「本」をどこで手に入れているのか、お教えしよう。

 

基本的にある「本」を読んでみたいと思うとき、本の探索優先順としては「本屋」→「中古本屋」→「図書館」の順番だ。あなたと同じアプローチ方法かもしれない。では、なぜこのような方法で「本」を探索しているのだろうか?「Output読書」サイトの読者が増えてきたのでそろそろ話してみようと思う。

 

 

 

 

 

◆「図書館利用」はいつでも最終手段に◆

 

 

さかのぼること何〇〇年前。私が高校生の頃。サッカー部の練習がない日の朝、昼休み、放課後は暇さえ見つければ学校の図書館で宿題をやったり、漫画を読んだり、仮眠をとったりしていた。そう、図書館で「本」を借りることはおろか、全く「本」というものを読まなかったのである。高校生までに読んだことがある「本」は・・・・・・数えるほどしかなかった。ほとんど漫画だった。たまたま私の高校には漫画も置いてあったので、私だけに限らず、他のサッカー部の友人や高校生が我先にとこぞって漫画コーナーにたむろっていた。もちろん、言うまでもなく私もその中の一人だった。今思えば、サッカー部の「図書館利用」というのは練習をサボる際に利用されていたことが多かったかもしれない。図書館委員の方に注意されていたのは良い思い出だ。おっと、話が進んでない。そうだ。この「図書館利用」についての手段の話だった。

 

今では、本当に「図書館利用」さえあまりしなくなった。要するに、「本を借りる」という行為が私から無くなったのだ(そもそも昔から「本」を借りていないが・・)。「本」「買うもの」だと思うからだ。出版業界の方はこんな人がもっと多く増えてほしいのではないだろうか。では、なぜ私は「図書館利用」を最終手段と考えているのか。それは、ある二つの欠点があるからだ。一つは【新刊本の入荷スピードが遅いこと】。二つ目は【書き込めないこと】。この二つの欠点はあなたも共感できることではないだろうか。だからといって私ほど「図書館利用」が少ない人はそう多くないはず。とにかくこの二つの欠点があるので、「図書館利用」は本当に最終手段なのだ。ならば、やはり「本屋」で「本を買う」のが〝一番〟良いことなのか?そうではないのだ。

 

 

 

 

◆「本屋」へ行くのは「中古本屋」へ行く前のクッション作業◆

 

 

「本屋」は本当に〝魅力あふれる〟場所だ。店舗ごとにレイアウトやPOP広告、店頭に並ぶ「本」が違う。それぞれに〝味〟があるのだ。私は、非常に「本屋」の雰囲気が好きである。では、なぜその〝魅力あふれる「本屋」〟「本」を購入しないのか。これにも二つの理由がある。それは、【その「本」が「中古本屋」にあるかもしれないから】【今買うべき「本」ではないかもしれないから】の二つだ。まずは前者から説明しよう。これはあなたにも経験があるのではないだろうか?『え、この「本」中古で売ってんのかよ・・・』ありますよねこんなこと。そう、最近の某大手中古本屋は「新刊本」の入荷が早いのである。厳密にいうと、「中古本」だが。「購入してすぐ売る人」が意外と多いのだ。だから、私は「新刊本」「新本」などを「本屋」であまり買わないのだ。次に、後者の説明に入る。この意味があなたには分かるだろうか?「10秒間」でも良いので考えてみてほしい。

 

私を含め、多くの人がこのような文章の中で問題提起を投げかけられると、何も考えずに読み進めてしまう。それでは、ダメなのだ。文章を鵜呑みにしてしまう。情報を鵜呑みにしてしまう。だから、私たちは「思考力が低下している」と言われるのだ。それは「アイデア」を考える際も同じことなのである。はい、そんなこんなで「10秒間」が経ってしまった。文章を鵜呑みにして読み進めてしまったことを反省し、今後の記事や他の文章を読む際に意識して気をつけて欲しい。そう、それにはこのような意味があるのだ。『まだ、その「本」を読むほど学力が足りていないな。もう少し、知識が増えてから購入したほうが良さそうだ」こういう意味である。あなたはその「本」を読むに値する〝レベル〟に達しているのか。これは、いきなり「難しい問題集」を解くのではなく、まずは「入門書」から始めることと一緒の原理。まずは〝レベル〟が自分に合っているか考えてみよう。さぁ、ようやく私が疑問を投げかけることができる。

 

 

 

 

◆「中古本」の「価値」は〝高い〟はずなのに〝安く〟買える矛盾◆

 

 

 

こう思うのは私だけだろうか。一般的に「中古本」は通常の「本」よりも〝安く〟買うことが出来る。なぜなら、『「中古本」は一度購入されて、傷や書き込みがあり、なにより古いから』だ。果たして、本当に「中古本」の「価値」は〝低い〟のだろうか?私は、そうは思わない。たしかに、「中古本」は一度赤の他人が購入した物であり、どんな人が所有してて、どんな手で触っていて、どのように保存していたか分からない。潔癖性の方には「価値」がうんぬんよりも買わないだろう。たとえ、潔癖性ではない人でも、嫌な人は嫌である。「価値」〝低く〟なる意味も少しは分かるのだ。しかし、私の場合は幸い潔癖症ではなく、それほど「他人が所有していた事実」も気にならない。一応、消毒(?)もしてある・・・はずだからだ(たぶん)。だから、私は「中古本」を買うことが出来る。そして、これほど「中古本」の方が「価値」があると口をすっぱく言うのにはしっかりと独自の視点があるからだ。それは

 

 

 

【一度にたくさんの人と対話ができる】

 

 

 

ということだ。説明する。私のように「中古本」をよく買う人でも、「なるべく綺麗なものを探す」人が多い。その気持ちは私も痛いほど分かる。実際、そういう気持ちが全く無いとは言い切れないからだ。でも、ほとんどそのような視点で「中古本」を物色していない。私は3つのポイントを常に自分に問いながら「中古本」を厳選し、購入している。それは

 

 

 

①〝書き込み〟や〝マーカー〟が書いてあるか

②傷が付きすぎていないか

③「時間」に左右されない「価値」ある「本」か

 

 

 

この三つだ。③についてはここの記事に書いたのであとで確認しておいてほしい。②もさきほど吐露したように、傷が多いような「中古本」だと判断したら200円以下だとしても買わない。そう、三つの中でこの①だけはあなたとは違う感覚なのかもしれない。普通は選びたくないはずだ。「なるべく綺麗なものを探す」人はなおさらである。では、なぜ①のようなことをポイントとしてあげているのだろうか。そこで、さきほどの私の主張、【一度にたくさんの人と対話ができる】ことが大きく関係しているのだ。もう、頭のいい人なら分かるだろう。〝書き込み〟や〝マーカー〟などが書いてあるということは、少なくとも「あなた」と「著者」と「購入者A」の〝三人の思考〟をシェアできるのだ。これほどすばらしいものはない。本来ならば「あなた」と「著者」の〝二人の思考〟しか読書をしている際にあらわれない。もしかしたら、「著者」だけが一方的に〝思考〟をめぐらせて、何も考えず読み進めているあなたにむけて一生懸命、話をしているだけかもしれない。そうではないとしたら、

 

この「中古本」というのは「中古本」としていろいろな人に渡れば渡るほど「価値」を高めていくことにならないだろうか?つまり、例えばあなたがその「中古本」を売りにいき、見知らぬ購入者Cがその「中古本」を買ったとしたら、「著者」と「購入者A」と「購入者B(あなた)」と「購入者C」の〝4人の思考〟が読書をしている「購入者C」が経験することができるのだ。そして、この「購入者C」がまた「中古本」を売りに・・・以下ループ。そう考えたとき、この「中古本」は〝何人もの思考〟が書き込まれた「価値」ある本となるのである。もちろん、前提として、新たな購入者が全員、気になったことの〝書き込み〟や〝マーカー〟を書いて、売りに行って、「中古本」が循環していった場合であるが。私は、「中古本」こそ「価値」が〝高い〟ものだと思うわけだ。

 

 

 

 

長い文章だった。もちろん、「新刊本」が本当に今すぐ欲しいと思った場合は、買うこともたまーーーにある。が、ほとんどは、「中古本」でいまのところ十分であり、それ以上の〝「価値」の恩恵〟を受けているのだ。あなたも一度、この「中古本」「価値」について考えてみてはいいかがだろうか?ぜひ、あなたの感想をコメントやFacebookページ、ツイッターなどで聞かせて欲しい。〝アクション〟をとっていただける記事を投稿した努力が報われる。笑

 

 

 

 

Output読書