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星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

「近年のIT技術の発展は凄まじく、

少し前では考えられないサービスが生まれ続けている」

今後もとどまることはないだろう。そこで、あなたはこんなことを思うようになったのでは?ネットで検索すれば何でも分かる」と。「ネット」情報の早さは尋常ではない。

そのため、あなたも私も「分からない→すぐ検索」という行為をとるようになってしまった。そう、「考える」より先に。そして、むしろこのような「情報収集の早さ」が評価される時代にもなった。

今の若者にとってはたいした労力ではない。普段からものすごい情報を取捨選択しているおかげで。一方、「本」情報はどうかというと、こちらもなんやかんや言われながら、生き残っている。

むしろ、本」という「物質としての貴重さ」も重宝されつつある。では、「情報としての価値」はどうだろうか?「ネット」情報に比べてやはり劣ってしまうのだろうか?

私は、「ネット」情報と「本」情報はどちらが良いか?という判断を下さない。

なぜなら、どちらも「情報としての根幹が同じ」だからだ。どういうことか。

 

 

 

 

 

本来、「ネット」情報というのは、その多くが「本」を読んで得た知識を

「咀嚼(そしゃく)」して発信しているにすぎない

もちろん、「ネット」情報はそれだけではなく、発信者の経験」も多く含まれている。

ただ、本」の知識の方が多いはずなのだ。つまり、「ネット」情報は「本」情報の「派生情報」なのだ。ということは、「本」情報がやはり一番良いということになるのか。それが、実は違うのである。

「本」情報というのは、例え、「本」の発売日が割と最近だとしても、発売までに長い年月をかけている。つまり、あなたが「本」を買って『これが最新の情報なのか!(ワクワク)』と思ったとしても、それは「本当の最新情報」ではないのだ。

その著者の頭の中では、「ずいぶんと前からあった情報」で、本来ならばもっと前にその情報を出せたはずだったのだ。しかし、「本」を出版するまでには、ものすごく手間がかかり、私たちの元へ届くまでどうしても「時間」がかかってしまう。

だから、「情報の価値」としても「時間」が「本来の価値」を少し下げてしまうのだ。

 

ということはやはり、「ネット」情報の方が良いのか……いや、これも違うのだ。どちらが良いかの判断を下さないのが私の判断だと言ったはずだ。

仮に、「新しい情報」を「経験」から得たとして、「本」を出版しようとしていた者がいたのならば、その者は、その「情報の価値」が「時間」によって下がらないモノであるならば、「本」情報として出版する方が良いはずだ。

人の「経験」は読者が感情移入しやすいモノが多く、「時間」に追われずゆっくり読みたい人が多いからだ。一方、その「経験」の「情報の価値」が「時間」に左右されるものならば、「ネット」情報として発信した方が賢明だ。

価値」が「時間」に左右されるということは、

経験」としての「価値」もそれほどあるわけでもなく、

一過性にすぎない情報」である場合が多いからだ。

 

 

他にも「経験」している人がいるのかもしれない。

このように、その「情報」が「時間」に左右されるかで「価値」が変わるか、ここがとても大切なことであり、私たちはそれらを上手く利用しなければならない。

私は「ネット」情報の方が早いし、さほど金もかからず、正確性もあり、効率が良い。だから、「ネット」情報だけで十分だ』と思うのならば、そうすれば良い。

逆に『「本」の「情報価値」もさることながら、「作品・物資」としての「価値」、著者の「この本に込めた努力の思い」こそ、「価値」があるモノなのだ。だから、私は「本」を買う』という思いがあるのならば、そうすれば良いのだ。

どちらが正しいとか間違いとか、ということはない。その人の「価値感」次第なのだ。主張するのは勝手だが、強制する権限は誰にもない。自分を大切にするのが1番なのではないだろうか。

私の主張はどちらが良いかという判断を下さないことであるが、

普段どのように「情報」を集めているかというと、

ネット」情報は簡単な調べものの際に利用し、

「本」情報は、「時間」に左右されない「価値」ある本をなるべく選ぶようにしている。

上手く融合させた情報収集が私にはあっているのだ。